初日の入りから始まった一年

明けましておめでとうございます。
今年もあなたにとって良い1年となりますように。
 
日本では元旦は「年神様」をお迎えし家族や親戚友達と集まりみんなでお祝いする初日。
氏神様やその年の恵方にあたる方角の神社やお寺にお参りし、今年一年の無事と平安をお祈りします。
 
私はアメリカに住んでいるので、神社やお寺に行く代わりに毎年、元旦は初日出を見にサンタモニカの山に行って祈ることがうちの恒例行事。
 
今年は雨がたくさん降っていたので、ずっと寝ないで天気予報を聞きながら小雨になったら行けるように待機していましたが残念なことにあんまり雨が降り続けていて、山はきっと雨で地面がゆるんでいて危険な状態かもなので行く事を諦めた。                      もう30年くらいしているこの初日の出に行けなくなって、新年の出足を挫かれたようで、気持ちに穴が空いてしまった。
 
ぼんやり、テレビをつけたらローカルニュースでこの雨で昨年の火事で家を無くした人たちとその地域の人たちのひどい土砂崩れなどを中継、そして日本のニュースでは2年前の元旦に日本の石川県能登半島で最大震度7、マグニチュード7.6の地震が発生。死者は698人、今も2人の行方が分かっていないというのを見た。                               新年からこういった災害がある時、どうやってそこからみなさんは前進していくのでしょう?
この石川県能登半島、被災地が迎える“鎮魂の元日”を見て、私は初日の出が見に行けなくなって憂鬱になってしまっていた自分はなんと愚か、こうして健康で冬の寒さも防げる家もあって大好きな夫、動物家族がいて暖かいお雑煮も食べられるお正月を迎えている。
 
今、あるこの命を尊く敬いそして今できる事をこれからもして行こうとまた強く感じた。
昨年の終わりに書いたブログ、「2025年のハイライト」に書いたが、今日はこうしていても明日はどうなるかわからないののが事実なのだから。
 
 
初めて刺繍をしたいという友人が元旦に来てくれたので、気持ちをあらためて一緒に新年のお雑煮とエリックの美味しいフラックス、ヘンプ、チアシードのワッフルを食べながら新年のお祝いをした。その後、刺繍のブランケット刺しを友人に実演して、彼女は初めての刺繍を始めた。彼女が持って来た1964年に出版された100種類の刺繍本を見せてもらった。
 
 
 
その後、私は刺し子のワークショップ用のハサミ入れを空き缶を利用してハサミのプリント柄布でチクチク手縫い。
 
 
出来上がった頃には憂鬱な気持ちは消えて、友人が帰った後エリックと今年の旅行計画の話をした。今年はちょっと遠出をしようと計画中。楽しみ!
そうしているうちに雨が止んで太陽が見えて来たので初日の入りを見に行くことに。
 
 
 
たくさんの雲たちがドラマチックな空のキャンパスを彩っていた。初日の入りまでの1時間ほどのあいだ、静かに周りを見てみたら。
たくさんの人たちがビーチに初日の入りを見に来ていた。泳いでいる人たち、洋服のまま腰のところまで海に入っていた子どもたちもいた。カモメも浜千鳥も幸せそうだった。
 
 
 
私は昨年の9月からアクアヨガを始めたので、ジョークぽく、「アクアヨガを今年1年続けて足腰鍛えて来年のお正月は私もこの海で泳げるかも。」と言ったら、エリックは「今、泳げばいいんじゃないか。」と本当のジョークを言った。                          以前の私ならそんな事を言われたら、そうね、じゃーやってやるわなんて無気になって無茶な事をしていたはず。でももう無茶はしない。今年はこうして見てゆっくり計画していつか実現させる。                           そんなふうに自然に思えた自分が好き。
 
そしてエリックに「今日は来年に泳ぐゴールを立てたのよ。」と微笑んで言った。
 
 
 
そうこうしているうちに太陽は着実に雲から顔を出して日の入りを力強く見せてくれた。          初日の出を見せられなかった分もというくらい輝いた、素晴らしい光だった。
 
太陽さんに敬礼!
 
太陽さんを尊敬!
 
 
ありがとう!
この感謝の気持ちしかなかった。
そうありがとう!ありがとう!ありがとう!
今年も宜しくお願いします。
 
Love,
Sanae ❤️

2025年のハイライト

2025年が終わろうとしている今。

ロサンゼルスでの山火事で幕を開け、世界中が数々の困難に見舞われた一年を振り返ってみた。

深い不安に包まれた時期もあり、その頃、「山火事後に自分の気持ちをシェアー」というタイトルのブログ記事を書き、自分が感じていることを言葉に。

不安は恐怖を生み、しばしば私たちの内なる暗い側面を露呈させる。

クリスマス後、私たちはノースフォーク図書館で開かれた小さなジャズの集まりに招待され、エルバという名の19歳の歌手兼トランペット奏者が、ニーナ・シモンの曲を演奏したのに感動。歌詞のある部分が私の心に深く残った。

「だから愚かなプライドは捨てなさい、人生は悲しみに暮れるには短すぎる。

あなたは今日ここにいても、明日にはもういないかもしれない。

どうせなら、欲しいものを手に入れた方がいい。」

私は10年以上、自分の気持ちや人生で起きたことをブログに書き続けてきた。
2025年の終わりにあたり、いまは少し立ち止まって振り返る時間を感じた。
これからも変わらず、ありのままを書き続けていこうと思っている。

いま私はここにいる。でも、明日もここにいるとは限らない。

それが事実。
だからこそ、ここにいるあいだは「感じたことを、そのまま書く」。

世界ではたくさんの出来事が起き、いまも続いている。
戦争、銃による暴力(特にアメリカで)、自然災害……胸が痛くなることばかり。

そんな中で、私は「自分にできること」に意識を向けて生きるようにしている。

困難な状況に直面すると、私は一度立ち止まり、自分をリセットすることでなんとか生きて来たようだ。
途中からまた歩き出すこともあれば、最初からやり直すこともある。
その時点で持っている力を使って、できることをする。それだけ。

ここからは、思いついた順に、今年のハイライトを書いていく。

健康で、大きな事故なく過ごせたこと

私にとって、健康は生きるためのいちばんの土台。
卵巣癌とリンパ腫、二度の癌を経験し、さらに生死をさまよう交通事故による心身の後遺症も抱えてきた。
その中で、「Sanae」をどうケアするかをたくさん学んできた。

身体の健康も大切だけれど、私の場合は、心と感情の健康がとても重要。
それに気づき、日常の行動、心の動きに気づくのに長い時間がかかった。

頭に霧がかかったような、落ち込んで動けなくなる感覚になることがある。
そういうときの私は、決して幸せではない。
まずは自分自身と対話して、何が起きているのかを感じ取る。
必要なときは、Ericにも正直に気持ちを伝える。そうすることで、思考が必要以上に暗い方向へ行くのを防げられてる。

ベストフレンド、エリックと犬家族

友人たちとも気持ちを共有しようとするけれど、感情を言葉にすることに慣れていない人も多く、なかなか難しいと感じることもある。

本当のコミュニケーションは、感情を言葉にすることだけではない。
手紙やカード、贈り物、そして健全な境界線を持つことも、大切な表現のひとつ。

また、動物たちと一緒に過ごしたり、自然の中で時間を過ごしたりすることも大切。ネコちゃんたちを抱きしめたり、犬たちと一緒にハイキングに行ったりするのが大好き!

身体を動かし、筋力を取り戻すこと

健康のために、これまでとは違う形で身体を動かすことを意識し始めた。
筋肉をつけること、そして家の外へ出ること。

2年前、近所の犬に襲われて左膝を痛めて以来、ヨガはほとんどできていない。
その代わり、Virginia Parkの屋外で行われる気功クラスはとても合っていた。
家から2ブロック歩いて行き、人と出会えるのも心地いい。
太極拳も6週間試したけれど、左膝の痛みが強くなってしまった。

気功だけでなく、膝そのものを改善したいと思うようになった。
以前、怪我をしたときに理学療法が助けになったことを思い出し、ようやくかかりつけ医を訪ねた。
2年前の犬の事件のときは緊急外来しか行っておらず、十分なケアを受けられていなかった。
膝は骨、軟骨、靭帯、腱、筋肉が複雑に関わる場所。医師もそれに同意し、理学療法を勧めてくれた。

UCLA病院で約8か月、隔週で理学療法に通い、「少なくても、こまめに動かす」ことの大切さを学んだ。
毎回「転倒や怪我はなかった?」と聞かれ、その質問が胸に残った。
70歳になった現在、転ばず、怪我をしないことがどれほど大切かを実感している。

70歳で転んで股関節の手術を受け、歩けなくなっていった母のことも思い出す。

2017年のリンパ腫と抗がん剤治療で、筋肉も骨も大きく失った。
ビタミンDなどのサプリメント、日々の運動を続け、骨粗しょう症を避ける努力をしている。

骨の専門医に行くまでに3年かかったけれど、検査を受け、自分の骨の状態を知ることができた。
軽いウエイトトレーニングを勧められたものの、ウエイトトレーニングはあまり好きじゃないし、スポーツジムに行くのもみんなの体臭が苦手で、していなかった。

時間はかかったけれど、やっとAqua Yogaに出会えて膝に負担をかけずに筋力をつけられる事がわかった。  私にとって最良の方法だ。
あきらめずに探し続けて、本当によかったと思っている。

また教えることができた一年

健康でいられたおかげで、1年間、毎月2〜4回のペースで教えることができた。
また教える場に戻れたことに、心から感謝。

来年は、刺し子のワークショップに加え、繕いの新しいクラス(JACCCーJapanese American Cultural Community Center)、マクロビオティックのクラスも予定。
南カリフォルニア・ウィーバーズ・ギルドでの2日間ワークショップにも招かれている。

マクロビオティックは料理だけではなく、食、動き、心のあり方、環境との関係を含む生き方そのもの。
刺し子のワークショップでは、そうした意識を自然に伝えてきたつもりだ。
最近、五行とマクロビオティック料理を教えてほしいという声もあり、また新しい機会が訪れそう。

愛犬Lumiとの別れ

Lumiが最後の瞬間まで、自分らしく生きられるよう寄り添えたことに、心から感謝している。


15年半、一緒に過ごせたことは大きな祝福。
いまも毎朝キャンドルを灯し、彼女の存在を感じている。

ルミのブログ

“Tortoise Pace” collage

「Tortoise Pace」のコラージュ

サンタモニカ・エメリタス・ギャラリーへの出展は3回目。
キュレーターのJesse Bensonが、私の作品を最初の壁に私の作品だけを掛けるよう選んでくれた。
それを初めて見た瞬間、涙が出そうになった。

Lumiと一緒に毎朝した散歩の途中集めた釘やネジなど、カユコス海岸で拾った海藻、他は切手や写真、水彩や色鉛筆で作成。
雨の中でも多くの人が来てくれたことに、感謝しかない。

アートクラスの先生キャサリンと

手作りのホリデーギフト

いつからか、手作りの贈り物が我が家の習慣になった。
味噌、梅干し、梅ジャム、エルダーベリーティー、柚子胡椒。
今年は葡萄ジャムと柚子ジャムも加わった。
刺し子の贈り物も少し。

犬の飼い主との和解

2年前、私の愛犬ナルと私は近所の犬に襲われました。当時、私はその犬の飼い主とどうやって、あるいはそもそも和解できるのかさえ分かりませんでした。

5年前にも、ナルは同じ犬に襲われていました。彼女はひどく怯え、2マイル近くも走り回った末にようやく保護されました。怪我を負い、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、数年間は他の犬に対して過剰に反応するようになってしまいました。辛い時期でしたが、ナルは少しずつ回復していきました。

そして2年前、同じ犬が再び襲ってきたのです。今度は私がナルと一緒にいて、怪我を負いました。私たち二人は、恐怖心や精神的なトラウマを和らげるためにバッチフラワーレメディを服用しました。

最終的に、私はその犬の飼い主に連絡を取りました。奥さんは親切で思いやりのある方でしたが、ご主人はそうではありませんでした。彼は最初のアッタクした時に一度話をしたけど、2回目の電話から私の電話に一切返信がなくって今回、その時の事も否定したので、訴訟も考えましたが、あまりにもストレスが大きいだろうと思い、断念しました。

奥さんはナルにカードとプレゼントを送ってくれて、後日、私の医療費の一部を支払ってくれました。その後、私たちは近所のカフェでお茶を飲みながら話をしたのですが、彼女は離婚手続き中で、これ以上経済的な援助はできないと話してくれました。

私は、自分にとって本当に必要な治療法を決めて、膝のリハビリに専念することにしたので、私が車の運転をしないので、彼女にリハビリに連れて行ってもらうようお願いし、彼女は快く引き受けてくれました。

私たちを襲った犬はその後亡くなりました。犬のことだけでなく、結婚生活、離婚、そして自身の様々な喪失など、本当に多くの苦難を経験してきた、この奥さんに深い気持ちを感じました。

彼女はできる限りのことをしてくれたのだから、これで終わりにして、手作りのホリデーギフトを彼女に贈りました。彼女の幸せを祈り、来年が彼女にとって穏やかな一年になることを願いました。

この2年前の犬の事件は、長い時間をかけて向き合うことになりました。

でも怒りではなく、回復を選び、相手の事情も受け止め、完璧ではなくても、できる最善を選べたと思って心は穏やか。

本当に大切なこと

お金は便利さをもたらしてくれるとは思いますが、真の幸福をもたらすものではないと私は考えています。富だけが喜びを生み出すという例を、私はこれまで見たことがありません。この困難な状況に思いやりと配慮をもって対処した自分の選択に、私は心から満足しています。

2025年は、私にとって実りの多い一年だった。

これからも種を蒔き続け、それらが成長し花を咲かせ、そして未来のために新たな種を収穫していきたいと思っています。

クリスマスの翌日雨上がりのバス湖

今年も支えてくれて、ありがとう。
健やかで、穏やかな新年を迎えられますように。

( ̄∀ ̄)❤️
Sanae

70歳の誕生日!

70歳になってしまった。
信じられない!

昔、占い師に「60歳までは多分、生きられるけど、長くは生きられない」と言われ、本気で信じていたわけではないけど、そういう事聞くと、どうしても頭から離れなくて、忘れられないでいた。

生まれて来た時から何度か死ぬような体験を何回もしてきたから
こうして生きていて、充実した人生を楽しんでいることは奇跡かも。毎日を感謝して生きれるようこころがけてる。

70歳になって確かに体は老化して来ているなと思う。あちこちに痛みがあり、物が見つからないで毎日何かをさがしてたりすることも増えてる、でも何故か心は若々しく、たいていの場合、前向き。
まだそんなに年を取ったとは感じないので、70歳はそんなに年寄りではないのかな?

ただ若い頃と比べると、落ち着きを自分で感じられるようになって、これは年の功かな。
若い頃は、スカイダイビングして、スキューバーダイビングして、バンジージャンプしてとかいろいろした。
今は自分の状況に満足して、過激なことをしたいという欲求もなく、毎日ゆっくり過ごす事が楽しみ。
これが私の老化なのかも。

69歳の誕生日の後、70歳の誕生日を祝うために、ヨーロッパ、特にローマ(イタリア)に行きたいとエリックに話して計画を立ててた。
9歳の頃にオードリー・ヘプバーンの「ローマの休日」を観て以来、ローマに行くことは私のバケットリストにずっとあったから。

この映画は私が生まれる前の1953年公開なので、どうやって観たのかは覚えていないけど、父は外国映画が好きで、フランス映画にもよく連れて行ってくれてたので、父と一緒に観たのかもしれない。

1997年にひとりでヨーロッパに3週間3週間行ってマクロビオティックセンターなどでお料理したり、お料理教室のお手伝いをした。その時にイタリアにも何ヶ所行って、ヴェネツィアからローマに向かう電車の中で荷物を盗まれてしまい、ローマには行かなかった。エリックもイタリアで仕事をしていた時はローマに行かなかったので、オードリー・ヘプバーンの「ローマの休日」を観てもらったら、ベスパでローマを巡るという場面が気に入ってた。

でも我が家の愛犬ルミは15歳。

ルミちゃん、2週間前犬家族との集い会で。

 

12月には心臓発作、2月には肺の低下で、いつ天命するかわからない。
ルミは今でもよく食べ、ゆったりとした生活をすごしてるけど、関節炎のため、立ち上がるのに介助が必要。オムツ履かせようとしたけど、気に入らなくてオムツをしてても立ち上がって外にトイレに行こうとする頑固犬。でも気持ちはよくわかる。
ホメオパシーと漢方薬を毎日服用しています。毎日、足と背骨をマッサージし、お灸をしてあげると気持ちよさそうにしてる。
大切な家族の一員なので、精一杯生きてもらいたいと私たちは最善を尽くしてる。

ということで、ローマやヨーロッパには行かないことにしたら、エリックが誕生日に何をしたいかと聞いてきた。
私の一番好きなことは、家族全員、エリックと愛犬(ルミ、ナル、カイ、ラニ、マカニ)、そして愛猫(ティンティンとマイマイマイ)の家族と一緒に自然の中で過ごすことだから。。。
エリックに、私たちのお気に入りの場所の一つ、モロベイ州立公園へキャンプ旅行にみんなで連れて行ってほしいと頼んだ。

犬5匹と猫2匹と一緒にキャンプ、みんな手作りのご飯を食べているのでご飯の準備に時間がかかる。でも、以前もキャンプに行ったことがあるから、何をすればいいのかは分かってた。時間がかかるだけ。それなら私たちにできる。

初日は、お友達のケリーに会いにサンタバーバラに立ち寄った。彼女は素敵な新しい家に引っ越したばかりで、お庭には大きな柿、ビワ、グアバ、イチョウの木があった。
ケリーは私が作るオーガニック植物スキンケア製品が好きで愛用している。(私はオーガニック植物スキンケア製品を約20年間作っていて使ってる)。
次回は彼女のお家でビワの葉のチンキ剤を一緒に作る約束をした。


ケリーはサンタバーバラ・ヨットクラブへランチに連れて行ってくれた。

誕生日にガラスのフラワーベースをプレゼントしてくれた。箱には「Kin」と書いてあった。
私の初めてのゴールデンレトリバー犬の名前は「キン」ちゃん。約30年前、サンタバーバラのドッグビーチでケリーと彼女のゴールデンレトリバー犬のデイジーに出会って、キンとデイジーはお友達になっていらいのこの友情に心から感謝しています!

 


サンタバーバラを後にし、日没直前にモロベイ州立公園に到着した。このキャンプ場には以前にも来たことがあって海と自然史博物館の近くにある私の大好きな場所。
新家族マカニ(一番小ちゃいこ)はこのキャンプ場に来たことなかったけど、以前私たちと一緒にキャンプをしたことがあったので、楽しく過ごしせてた。ネコたちはネコちゃんコンドでくつろいでた。

 

夕食は持って行った自家製のレンズ豆のスープを、バンの中でシンプルで美味しい食事を楽んだ。夜は月と星が海の風と一緒に私の60代最後の夜をお祝いしてくれてた。

 

翌朝はもっと涼しいはずだったのに、暖かくなり、太陽が顔を出してハッピーバースデーと囁いてくれてた。
犬家族に朝ごはんをあげていると、通りすがりの人が犬の多さに驚いて「わあ、5匹もいるなんて!犬は神様から来た!」と言った。その時、犬と一緒に暮らすということは、神様に守られているのかもしれないとすぐに思った!


朝食後、少しハイキングをしてモロベイ自然史博物館を訪れた。


遠足で小学生もたくさん来ていました。
モロベイの美しい岩!


自然や地元の生息地について学べたのは良かった。
モロベイが1870年に設立されたと初めて知った。


ギフトショップでステキな海藻の本も手に入れた。

 


それから、カユコス・ドッグビーチへ。
このドッグビーチは、モロベイ・ロックが背景にあってとても素敵な所。

今まで行った中で一番素敵なドッグビーチかな。
犬たちをバンから降ろしていると、誰かが「わあ、犬がいっぱい!犬は神様!」と言った。
その朝、「犬と神様」についてコメントされたのはこれで2回目。
犬たちが幸せなら私たちも幸せ。きっと神様のおかげだね!

ルミも楽しめるよう、最近買ったカートをビーチの砂浜に置いて引いてあげた。

ルミはあまり歩けなかったけど、風を感じ、海の香りを味わうことができてとっても喜んでた。


ナル、カイ、ラニ、マカニは、走ったり、追いかけたり、海藻を食べたりして楽しんでた。

 

ドッグビーチの後は、ケンブリアへ行き、ウィンドウショッピング。自然食品店で、地元産のボイセンベリージャムを買った。

 

キャンピング用トースター

その後、人口18人の小さな町、ハーモニーのワイナリーへ。そこでエリックがワインテイストしてワインを買った。

 

誕生日のディナーは、モロベイで私たちがよく行く老舗レストランの一つ、ハーバーハットで。エリックがモロベイ・ロックの夕日が見えるお気に入りの席を予約してくれてた。ささやかだけど貴重な気のつく贈り物が幸せを感じた。

この日は友達のまさよちゃん、エンジェル、マークからお誕生日コールをもらった。ありがとう、みんな。

 

2日目の朝は、今まで行ったことのない場所へ行くことにして、ロス・オソスという町へ。
地元のパン屋でサワードーパンを買った。


それから、アビラ・スパでミネラルバスに入った。


ミネラルバスのおかげか、足や腰の痛みが和らだ。
水着を持っていなかったので、黒い下着とタンクトップで入ってしまった(笑)。

午後は、その近くに住むもう一人の友達、ローラに会いに来てくれた。彼女はクシ・インスティテュートでマクロビオティックを学び、私のクライアントのために以前マクロビオティック料理を作ってくれたりしていた。
シャイン・カフェで遅めのランチ(早めのディナー)。二人ともテンペ・ルーベンサンドイッチを注文したけど、見た目がちょっと違っていたので店員さんに聞くと、「それはテンペサンドイッチで、テンペ・ルーベンサンドイッチとの違いはただザワークラウトが入っていないだ毛だから同じだけど。ザワークラウト必要?」って聞かれて、ローラと私は同時に「もちろん、ザワークラウトよ!」と答え、大笑いしました!

近くでファーマーズマーケットをやっていたので、見に行くことの事にして、地元の野菜や果物、工芸品などを見て回った。ローラは私の誕生日に、地元の陶芸家の可愛いオレンジ色の鳥の陶器のピンバッジを買ってくれた。


それから、フットマッサージをしてくれところがあったので、
私は思いつきでみんなでフットマッサージを受けようかと言ったらエリックは自分は行かないと言ったので、今日は私の誕生日だからフットマッサージでみんなでお祝いしたいよと説得。
みんなでマッサージを受けて、すっかりリラックス。
その後キャンプ場に戻って、エリックのバナナマフィンと茎茶を味わいながら、ローラと語りあった。


ストレスフリー・バースデー、シンプルで幸せな週末。

 


家に戻ってから、40年近く育ててきている庭の木々や植物、自分の住んでいる周りの自然と触れ合って、それらをもっと身近に感じて、植物の香りを楽しんでる。

ナンシーがバースデーカードとお庭のお花を持って来てくれて、お寿司食べに行く約束をした。
アマンダからバースデーコール、彼女は1月のワイルドファイアーで全てを失くしたのに、私のバースデーを覚えていてくれる優しい友人。
長年の友人ジェシカがマリナデルレイでの誕生日ブランチに連れて行ってくれた。美味しい料理を楽しみながら、楽しい時間を過ごした。

ペパーダイン大学時代からの長年の友人、ジュディも来週ディナーに連れて行ってくれると連絡があって、70歳のお祝いはまだ続いていくみたい。

ゆっくりと年を重ね、日々の生活に前向きな気持ちをこうして持てることに感謝。

Love, 

Sanae ❤️

山火事後に自分の気持ちをシェアー


ロサンゼルスの歴史的ない悲惨な山火事から2週間以上が経過しました。
山火事の被害を受けた人々に心よりお見舞い申し上げます。
私たちの事を心配して連絡いただいたみんさんに感謝いたします。ありがとうございます。
エリックと私はここサンタモニカに5匹の犬と2匹の猫の家族とともに安全です。


うちは実際の家事被害はありませんでしたが今回の山火事恐怖に接し、その恐怖から前進するためにブログを書く事にした。

火事が起こった日は1月7日火曜日、10時20分くらい。
その日、午前8時40分に私は家を出て気功教室に行った。
空を見る癖があって行く途中が青空で、感謝しながら歩いて行ったのを覚えている。

クラスが終わった後、私は帰宅して刺し子ワークショップのサンプルを作っていた。
エリックが火事の事で電話してくれた。
私はエリックにその家事って近いの?って聞いたら、
それは私たちの家から約11マイル(約17km)離れたパシフィックパラセーズだと言った。
外に出ると、家の北側の空にピンクがかった灰色の大きな煙が見えてた。


風がとても強くなり始め、庭の木々が児童公園にあるブランコのように揺れていることに気づいた。今まで見たことのないひねりのある揺れ方だった。風がひどくなり、木の枝がねじれて折れてしまっていた。その夜は眠れず、ずっとニュースを見たり、山火事の地図と警報の監視義務をチェックしたりして一夜を過ごした。

サンタモニカの第2地域が強制避難を受けたとき、私たちはパスポートとわずかな衣服をカバンに入れて、ネコ用のトイレ付きクレイトを設置し犬用ベッドをバンに入れ、避難の準備をして気持ちを落ち着かせていた。

家の屋上から煙と炎を見た時は言葉にならない叫び声を出していた。

 

翌日、黒煙の中で太陽が赤く染っていたのは一生涯見たことがない太陽だった。現実に起こっている恐怖と向き合わなければならなかった。


ニュースの画像がどれだけの家が焼けたのか写していたのを見た時は、まるで戦争の惨状を見ているようで信じられず、ボーッとその画面を眺めているだけだったような気がする。

この山火事で家を失った友人や、今も避難している友人がいることを知り、とても悲しく重い気持ちに押しつぶされそう。これからのみんなの道のりが長い事を考えると胸が痛い。


私たちはこれらの人々に愛と思いやりを送る瞑想を毎日した。
その他寄付をしたりして出来る事をした。
それと自分自身にもこれまで以上に、たとえ小さな喜びや幸せでも見つけることを専念。
ただ言葉にできない感情が漂っているのは無視できない。

 

エリックの仕事の休みに私たちは煙たい空気を逃れて、サンタバーバラのドッグビーチに行った。

 

先週はルミの15歳の誕生日を祝いをして、ルミちゃんの生きる力に励まされた。
ありがとうルミちゃん!

 

今日はこの週末あるJACCCでの初めての刺し子ワークショップの準備をCheri Huberのオーディオブック「The Fear Book」を聴きながらしてる。
刺し子のワークショップが、この困難な時期に人々を癒してくれることを願いつつ。

恐怖とは何か(Cheri Huber の本から)
….恐怖は狩る者ではなく、狩られる者だ。
…..恐怖はあなたが思っているようなものではない。
恐怖は、自由への道に沿った非常に有用な信号…

Cheri Huber の無料オーディオブック サイト
https://www.livingcompassion.org/audio-books

ゆっくり行く者は遠くまで行く

子供の頃(小学校くらい)、自分のことを知るなんて考えた事もなかった。

なので大人たち、つまり親や祖母、祖父、親戚の叔母、叔父、学校の先生が私について言ったことをただ信じて、自分が何を感じているか気がつかないでいたようだ。

何か物を早く作ったり、早く書いたり、早くすぐ何かを実行することは得意ではなかった。何でものんびり始めて時間までに終わらせられない私のことをまわりの大人たちは「ノロマ」と呼んだ。「ノロマ」は日本語で「注意力がない」という意味もあるのでそれはあんまり聞こえが良くなかった。それで自分は何かを作ったり実行したりするのが苦手だと思い込んでいた。

そんなわけでか、何か物を作るのを諦めたり、完成する前にやめてしまったりした事が数えられないほどある。

 9~12歳のときにかぎ針編みと刺繍を小学校で習った。 

でも学校の授業中にプロジェクトを完了させられたのはほと殆ど出来なかった私。

それはまず、何を作るか、どんな色を使うか、どんな糸を使うか考える事から

始まって、やっと決まって始めた時には他のみんなはもう半分くらいやり終えていた感じ。だから遅すぎて、教室では全然完成できなかった。 

家で仕上げることもできたかもなんだけど、そうしなかった私。

なぜ?

それは私の実家にはアートや、クラフトをするような雰囲気がまったくなかったから。

何回か家で何かを作った事はある、でもそうすると、「面倒な事をしてるんだね。そんなの終わらせられないよ。」と言われたり、「なんでそんなに時間かけて作っているの?」と聞かれたりした。

もちろん、自分でも本当に作れるかどうかはわからなかったけど、一生懸命やってみたいという気持ちがあった。でも家族からサポートをもらえないとわかって家では何もしたくなってしまった。

だからと言って何かを作ってみたいという私の情熱は完全には失われたわけではなかった。ただゆっくり時間をかけてする気持ちになるには年月がかかった。簡単にできる編み物をしたり、陶芸やステンドグラス、そしてガーデンニングを少ししたり。

卵巣癌の病気になってマクロビオティックを始めた時、時間をかけて季節に合わせたお料理とわかって、これなら自分にもできると思った。丁寧に全粒穀物、玄米などを洗って電気釜でなくって陶器鍋かステンレスの鍋で時間をかけてゆっくり炊く。野菜をやさしく洗って気持ちを込めて切って料理するなど、私にはピッタリだった。たくさん勉強して学ぶ事が楽しかった。

そしてまた好きな織りもの、編み物、かぎ針編み、刺し子のプロジェクト、また、カリグラフィー、木彫り、天然染色(オーガニックの藍、ハーブ、花を使用)、天然染料のインク作り、モザイク、ステンドグラス、木版画、水彩画など、そして好きな薬草をガーデンで育てたり、味噌梅干し作り、ガーデンニングなど好きな事を仕事合間に楽しみ始めた。

 お庭の薬草、ビロードモウズイカ (グレートマーレインーアメリカではナバホ族愛用)

 

歳を重ねてスローライフを満喫しだして、仕事は好きな事をする合間にするようになって以前とは逆になった。

こうして好きな事を毎日少しでもしていると本当は子供の頃から時間をかけて作るものが好きだということに気づいた。ゆっくり時間をつかって丁寧に慎重に、そして気ままに時間に気を配ることを楽しんでいる自分を発見。

ゆっくりいく事が自分で一番居心地がいいとわかった。なので、今は注意力ある「ノロマ」でいいと思える。

 

7年前にWildfiber Studio のセーター クラブに参加してゆっくりたくさんのセーターやカーディガンのつ編み方を学んで編み上げられるようになった。

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誕生日の願いと贈りもの

郵便箱にバースデーカードが届いていた。
それはペパーダイン大学に通っていたとき(45年前)に知り合った長年の友人 J からだった。

カードには最近映画を一緒に見に行ったときの彼女の絵が描いてあった。
絵のシーン:
エリックが私たちのチケットを買おうとしてたら、チケットを売っていた人が私と友人に、私たちが62歳以上かどうか尋ねてきた。
彼女と私は同い年で、顔を見合わせて「エッ、私たちって何歳だっけ?」
私たちはその時、自分たちの年齢をすぐに思い出せなくって大笑いした。

元気に歳を重ねていくのはとても素晴らしいことだね。
私たちは普段、あまり自分たちが何歳になったか気にしないで楽しく暮らしているせいか、自分たちが何歳なのかさえ思い出せなかったのかも。
Jのような親友がいてとってもラッキーな私。

 

そういえば、昔(おそらく30年以上前)、歩道で友人の「J」と話していた時、年配女性が「美しさよりも年齢を!」と言いながら私たちの前を通っていくのを思い出した。
「美しさよりも年齢」というフレーズをこれまで聞いたことがなかったので、英語を専攻していたJにそれはどういう意味か聞いてみた。
はっきり覚えてないけど – 「年齢は若さや美しさよりも価値がある。」っていうような意味だった。その本当の意味は最近まで実感性がなかったけど、やっと私も若い人たちに歳を重ねる価値観を知らせる年齢になったような気がする。
歳を重ねる事はただ老いていくことだけではない。
もちろん現実に老化は肉体的に困難が増しあり、精神的には寂しい時、怖い時も増える。でもだからこそ自分の能力を最大限に発揮し、自己愛を持って毎日を生きることが不可欠かなと強く感じる。
そして歳を重ねる事で経験を通して賢い人間になっていると確信して、今の自分でいることが好きと言える。

 

今年の誕生日は何も特別な事はしなかった。
いつも通り、
ー犬と朝の散歩
ー新しいガーデニング用ジャンプスーツのパンツ丈を手縫い
ー水草のガーデニング
ー映画を見てネコ家族を抱っこ
ーエリックがバースデー夕食に連れて行ってくれた
ー最後は誰もいない風の強い夜の海へ行った (ルミちゃんの耳が風でダンボみたいになってる)
ーエリックと私の今後の計画を話した
ー手作り薬草のお風呂に入ってぐっすり眠った

気持ちは柔らかい素敵な波動を感じて自分が生まれてきたことに感謝できたことが1番だった。
こうしてゆっくり誕生日を過ごせた事は今の私にはパーフェクト。

この私がいくつかの辛い経験したことを知っている人もいるでしょう。
14歳のときに自殺を図り。
19歳に渡米。
29歳でアルコールなどをやめて継続中。
1993年になった卵巣がんから回復し、
2001年には自動車事故で瀕死の状態から生還し、4年の車椅子生活を経て歩行成功。
2017年には余命数週間と診断されたにも関わらずステージIVの非ホジキンリンパ腫がんから2019年回復し始めた。

私の誕生日の願いは、この人生を選択し、与えられた人生を全うしようと努力している「Sanae」自分自身を尊敬してあげること。
身体、心、精神、魂を大切にして健康を保っていく。

 

ギフトとしてはお花、カード、ボイスメッセージ、電子メール、メッセンジャー、そしてFacebookでたくさんのメッセージを受け取り。
長い間連絡を取っていなかった人からもメッセージや電子メールが届いた。
誰かが私を気にかけてくれているとわかると、温かい気持ちになるね。

ひとりの友人がお誕生日占いを送ってくれた。
2024年4月4日生まれのあなた:
さまざまな経験があなたの夢を超えて広がります。あなたの明るく燃えるような好奇心が、相互のつながりと団結にスポットライトを当てます。愛はあなたの思考を広げ、あなたのライフスタイルを輝かせます。あなたは過剰な責任から自分を解放し、ミニマリズムの原則があなたを明晰さと充実感へと導きます。乙女座と蠍座はあなたを愛しています。ラッキーナンバーは7、10、4、41、5です

これは今の私、特に昨年から私が努力して、なるべく自分を拘束しないでゆっくりできることだけをする事に一致してて嬉しかった。

 

それからマザーアースからのギフト :


ノースフォークでの雪(ノースフォークの友人が写真を送ってくれました)と夕食に出かけた時見えた虹。

 

私の誕生日に私の事を思ってくれたすべての人たちと出来事に感謝いっぱい。

私からの誕生日プレゼントは、何の心配、プレッシャーもなく、自由で気ままに過ごせた1日、まさにこれこそ最高に贅沢なバースデーギフト。

Love,
Sanae ❤️

P.S. このブログを書いた3日後、エリックがケーキを焼いて私のお気に入りのイチゴのショートケーキを少し遅れたけどバースデーのために作ってくれた!

見た目可愛いでしょ。
味はどうだったかって?
…「んーーーんーーー‼️
 
みんなにも味わってもらいたかったな〜。